ヒトは健康でいたいと思いながらも、
ゴロゴロしてテレビを見るような不健康なことが好きで、筋力トレーニングやジョギングのような健康に良いことが嫌いなのです。
このようなヒトの矛盾した性質を行動科学や心理学などの分野では、「運動のパラドックス(exercise paradox)」といいます。
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近年、Daniell Lieberman(ハーバード大学・進化生物学者)がひとつの答えが示したのです。
そもそも、ヒトは筋力トレーニングをするようにはデザインされておらず、筋力トレーニングが続かないのは自然であり、正常です。
この筋力トレーニング・パラドックスに対する答えを見出したのは、行動科学や心理学でもなく、現代の進化論でした。
現代の進化論は進化生物学や進化心理学の発展により、「ヒトの体や心は進化によってデザインされた」と主張します。
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ヒトは200万年前の旧石器時代から狩猟によって貴重なたんぱく質源を確保してきました。
そのため、ヒトの体は狩猟に最適化するように進化していきました。
二足歩行の代償として速度を失ったため、獲物が疲れ切ったところで狩りをするという戦略をとりました。
ヒト以外の哺乳類は白筋が多く、発汗機能が乏しいため、長距離を走ることに適していません。
これに対して、ヒトは長い足(アキレス腱)や大きな大殿筋、発汗機能の発達によって長距離を走れるように体を進化させていきました(Bramble DM, 2004)。
更に上半身も狩猟活動に最適化させていきます。石や木片を武器にして狩猟活動を行っていたので、鎖骨を延長させ、肩甲骨の位置を変え、
肩関節を回旋させることによって、正確に速く遠くへ投げる能力を獲得しました(Larson SG, 2007)。
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このように、ヒトは200万年というとてつもなく長い石器時代を生き延びるために、体を狩猟活動に最適化させるように進化させてきたのです。
そして体と同じように心も進化によってデザインされました。
1万年前から農耕が始まり、現代人は狩猟をしなくても食料に困ることはありませんが、体と心は長い石器時代に適応したままなのです。
現代人は、1日に15kmも走ることもなく、デスクワークを終えるとエネルギー豊富な食物を食べて、テレビを見ながらゴロゴロと休息します。
そして、始めたばかりの筋力トレーニングを続けるためにジムへ向かおうとしますが、石器時代の心は私たちにこう語りかけてくるのです。
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「何をしている、無駄なエネルギーを使うな!ゆっくり休みなさい」
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これが現代の進化論が明らかにした筋力トレーニング・パラドックスの答えであり、筋力トレーニングが続かない理由なのです。
筋力トレーニングが続かないのは、意志が弱いわけではなく、
エネルギーを無駄遣いさせないための自然で正常な反応です。この問にLiebermanはこう答えています。
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「残念ながら、心を変える特効薬はない」
「しかし、心が変えられないのであれば、環境(仕組み)を変えれば良いだろう」
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継続困難なのは、意志が弱いからではなく、意志力を上手にマネジメントできていないからとしています。
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2011年、デューク大学のMoffittらは、意思の強さは幼少期に関連すると言っています。
長い時間、我慢ができた(意志力が強い)子どもほど、健康的であり、経済的に豊かであり、犯罪に関与しませんでした。
逆に、些細なことでも我慢できなかった(意志力が弱い)子どもほど、
病気がちで、経済的に乏しく、犯罪に関与しやすいことが示されました(Moffitt TE, 2011)。
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筋力トレーニングを続けるという目標を設定したとき、そこには多くの誘惑が待っています。
テレビを見たり、スマホでSNSをしたり、そしてゴロゴロしているうちに時間が経過して、
結局、「明日、行けばいいや」と言ってジムに行くのを止めてしまいます。
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しかし、これは意志が弱いわけではなく、
そもそもヒトは筋力トレーニングするようにはデザインされていませんし、仕事で意志力を使い切っていれば、誘惑に抗うことなどできません。
まず、ジムに行くのを拒む「誘惑となるもの」を明確にしましょう。
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この場合、ソファ、テレビ、スマホが誘惑のホットスポットになります。
次にこのような実行プランを書き出します。
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家に帰ったら、ソファには座らずに、紅茶を入れる。
紅茶を飲んでいるときにテレビはつけない。スマホをバッグから出さない。
紅茶を飲み終えて、時間が来たらウエアを持って家を出る。
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これで無駄な意志力は使わずに、ただプランに従って行動するだけで、自動的にジムへ行くことができます。